岩内鰊総合研究所
(岩内鰊和次郎運営事務局)
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岩内鰊和次郎物語

「あそこに見えるのが、蝦夷地の積丹半島か。」

明治への改元まもない、明治2年、ニシン漁師・和次郎は岩内冲にいた。

1869年(明治2年)は、蝦夷地が北海道という名前に改称された年であるとともに、北海道の日本海沿岸の積丹半島の付け根に位置する小さな漁村の地名が岩内と確定したのもこの年だ。

和次郎が、岩内に定住したのもまた、明治2年の出来事であった。

和次郎は、もともとは津軽藩鰺ヶ沢に居住する漁師であったが、豊かな漁場を求めて日本海を北上するうちに最後にたどり着いた場所が、北海道岩内であった。

当時の東北から北海道沿岸にかけての日本海岸では史上まれに見るニシンの豊漁に沸いており、和次郎は、より豊かな漁場を求めて津軽海峡を越え北海道へと渡り、松前、江差などと北上して漁を続ける中で最後にたどりつき定住したのが岩内の地であったというわけである。

——(ストーリー制作中)——

そんな、当時のニシン漁師・和次郎も食した伝統の漁師メシが岩内町のご当地ブランドグルメ、「岩内鰊和次郎」として今よみがえる。